旅行会社に就職してから退職までの13年間の経験で感じたこと

私が大学を卒業して就職した会社は大手の旅行会社でした。

その後、転職して現在はフリーランスとして活動しています。

13年間1つの会社で働いてきましたが、携わった業務も様々です。

 

筆者Takeが携わった旅行業務

・店頭でパッケージツアーや航空券の販売と手配

・出張手配の管理

・旅行の企画

・旅行サイトの運営管理

・広告による集客

・社員旅行の営業と手配

・添乗

 

そんな私が旅行会社に就職してから退職までの13年間の経験で感じたことを紹介しています。

 

旅行会社は今も昔も人気の職業です。

 

これから旅行業界で働いてみたいけど、実態はどうなっているのか?

旅行会社について気になるという方の参考になればと思います。

 

全部読むと10分ほどかかるので、目次から興味あるところをピックアップしてご覧ください。

 

旅行会社を選んだ理由

私が就職先として旅行会社を選んだ理由、それは旅行が好きだったからです。

 

単純でありがちな理由ですが、2000年代始めの頃は今と比べ、インターネットの情報もそこまで普及していませんでした。

その他の業界について、さっぱり分からなかったことも理由の1つです。

 

とりあえず、好きなことや得意なことを活かせる仕事をしようと、旅行とアパレル業界に絞って就職活動をしていました。

 

当時の就活は今より厳しく、書類選考や面接で落ちまくっていました。

 

そんななか、1社だけ内定をもらうことができました。

その会社が13年間働くことになる旅行会社です。

 

 

旅行会社勤務 新人時代(入社後~3年目)

 

勤務地や配属先は入社式の後に決まり、都内の大型店舗が私の配属先となりました。

 

店頭で海外旅行のパッケージツアーの販売と手配が主な業務です。

 

当時はまだインターネットによる手配がない時代でしたので、お問い合わせは来店または電話のどちらかとなります。

 

入社してからの数ヶ月は全体研修と合わせて、一人の新人にベテランの先輩社員がマンツーマンで付くOJTの教育が中心でした。

※OJT(On-The-Job Training)とは実務をしながら行う従業員の職業教育。

 

この時期は、とにかく仕事を早く覚えて、先輩に頼らず一人で仕事ができるようになりたい思いで必死になっていました。

 

 

1日の勤務スケジュール

当時の1日のスケジュールです。

08:45 出社(朝の宣伝活動のない日は09:20)
09:00~09:30 朝の宣伝活動(週1~2回)
09:30~09:45 営業の準備
09:45~10:00 朝礼
10:00~19:00 店舗の営業時間
19:00~ 営業報告
残業(その日の業務処理と翌日の準備)※研修の日もある
21:00~終電ギリギリ 帰社

 

営業目標達成のために毎日必死でした。

目標を達成できなければ、所属長から厳しいお叱りを受けますし、目標達成できない社員の扱い方も雑になります。

 

そんなことがるので、営業中は1件でも多くの予約を獲得することに専念していました。

獲得した予約の手配や書類の準備は、予約がとれなくなる営業時間終了後にしていました。

 

こんな仕事の進め方ですので、当然、毎日遅くまで残業です。

営業時間中に予約の手配や書類の準備をするのがもったいないと考えていました。

 

1年目なので仕方ないところもありますが、とても効率の悪い仕事ぶりです。

こうして徐々に、ブラックな働き方が当たり前と感じる社畜マシーンと化していくわけです。

 

 

会社自体も社員にブラックな働き方をさせていました。

 

私は毎日21時過ぎまで仕事をしていたが、勤怠上は10:00~19:00(休憩1時間)の8時間労働ということで処理されていて、残業代が一切出なかったのです。

 

 

残業代が出ないことを抗議(会社へ1度目の訴え)

これはちょっとおかしいと思い、人事部に抗議しました。

 

しかし、当時の人事部長から言われた衝撃の一言が・・・

 

「今はこんなところに時間を使っている場合じゃないだろ!」

「新人なんだから仕事を覚えることが優先じゃないのか!」

「それに証拠はあるのか!?」

 

残業を申請する書類はあったのですが、残業時間0と書くように指導されていたので、証拠が残っていません。

 

残業時間に行われた業務処理と翌日の準備は「営業時間内にできなかったあたなが悪い」と言われ、研修については「自主的に参加しているんだろ」と言われる始末。

 

会社による完全犯罪が成立?!

これが社会の厳しさがと思いつつ、これ以上ヤケになってもしょうがいないので、諦めて仕事を頑張ることにしました。

 

※現在は改善されています。

 

 

目標ノルマ

営業の仕事であれば付いてまわる目標ノルマ。

 

私の勤めていた旅行会社では、旅行の予約者数を月ごとに設定した営業目標がありました。

 

目標ノルマを達成しなければ、上司からの厳しいプレッシャーを受けることになりますので必死です。

 

会社としては予約者数だけでなく売上も追いますが、予約者数の平均単価が毎月だいたい同じだったので、社員には予約者数に専念して追いかけるように指示されていました。

 

私の部署で取り扱う旅行商品は単価の安いものが中心に売れていたので、営業が下手でも売れていきます。

目標を達成するには仕事の効率性や業務処理のスピードが鍵となります。

 

今振り返ると、営業スキルというスキルはほとんどなく、効率よく仕事するスピード感だけは付いたのかなと思います。

 

この時代はとにかく安いツアーや航空券をセールなどで前面に押し出し、各旅行会社が旅行者のパイを取り合う戦国時代のような感じでした。

 

 

世界情勢に左右される旅行業界

 

旅行業界は世界情勢に左右されます。

 

海外で戦争や災害が起これば、人々は出国を控えます。

 

また、人々の生活において旅行は必ずしも必要なものではないので、経済状況が悪くなると旅行に消費する優先順位がどうしても低くなります。

 

これにより、ボーナスも年によって大きく変わります。

毎年、世界が平和であること、景気が良くなることを願っていました(笑)。

 

 

私が最初に経験した大きな打撃は2002年11月。

 

中国で流行したSARS(重症急性呼吸器症候群)が大流行し、旅行業界に大きな打撃を与えました。

 

その時、私が担当していたエリアが中国。

 

就職して1年目だった私は日々の予約の大半が新規のお客様で占めていました。

SARSが日本で話題となってからは、中国が担当エリアということもあって日々の予約数は0。

 

そして、予約済みのお客様はほぼキャンセル。

 

毎月の目標ノルマは100前後の予約数ですが、目標には全く届かず、予約数が月で一桁の時期もありました。

 

 

個人リピーターの重要性

厳しい情勢のなかでも、ベテランの先輩社員を見ていると、目標ノルマに近い数字を出していました。

 

ほとんど新規の予約がない状況なのに、どうやって数字を作っているのか聞いてみたところ、リピーターのお客様から出張手配の予約を獲得していたのです。

 

出張手配は仕事なので、リフレッシュや思い出作りの旅行と違い、こういった状況の中でも渡航しなければならなかったりします。

 

私はこの出来事を通じて、担当個人にリピートして頂く個人リピーターの重要性を知ることになりました。

 

どうしたら、個人の担当にリピーターが付くようになるのか考えるようになりました。

 

 

部署移動

中国で流行したSARSの影響により、私の部署の成績は深刻な状況となり、部署の人数を減らすことになりました。

 

毎月の目標ノルマには程遠い数字で部署内でもビリだった私は当然のごとく部署異動となりました。

 

会社でリストラになる時ってこんな感じなんだろうなと思いつつ、次担当するグアムエリアの部署へ異動しました。

 

 

旅行会社勤務 中堅時代(入社4年目~10年目)

新人時代に担当していた中国エリアからグアムエリア、ヨーロッパエリアと部署を転々としました。

 

これまでの担当エリア

1年目~ 中国エリアのパッケージツアーと航空券の販売

2年目~ グアム・サイパンエリアのパッケージツアーの販売

3年目~ ヨーロッパ・中近東エリアのパッケージツアーと航空券の販売

 

年次を重ねると、気持ちにも少し余裕が生まれ、仕事の楽しさや業務の醍醐味を感じ始めます。

 

パッケージツアーと航空券の販売を通じて仕事へのやりがいを感じるようになってきた頃です。

 

パッケージツアーと航空券の販売を通じて感じた仕事へのやりがい

・お客様の要望に応えた提案をして喜んでもらえる

・旅行に満足してもらったときにお礼やお手紙をくれることもある

・2度目の手配の時に指名される(自分のリピーターになってくれる)

 

旅行会社に限らず、サービス業として共通して言えることは、働く側が人に喜んでもらうことに満足感を得られるかどうかであり、サービス業を続けられるかどうかのポイントなのかなと思います。

 

ハードな仕事で給与面もそこまでいいわけではないので、人に喜んでもらうことで満足感を得らない人は続けてもつらいだけかなと思います。

 

旅行会社の業務はこれだけではないので、接客以外で仕事のやりがいを見つけていきたいという方は別の業務が良いかと思います。

 

 

新設部署への異動

 

パッケージツアーと航空券の販売に少し飽きていた頃、会社で新しい部署が新設されました。

 

海外の特殊な航空券を扱う部署です。

 

通常、海外の航空券と言えば、日本から海外までの航空券(例:成田―ロサンゼルス)ですが、新しい部署で取り扱う航空券は海外から出発する航空券(例:ロサンゼルス―成田)なのです。

 

 

・海外発日本行航空券(海外⇒日本)

日本の企業が現地から招待するために日本側で手配する需要がありました。

例. ロンドンから成田まで、サンパウロから成田まで

 

 

・海外発海外行航空券(海外⇒海外、または外国の国内間の移動)

マイレージで日本からの往復航空券所持している方が手配する重要がありました。

例. パリからロンドンまで、ロサンゼルスからラスベガスまで

 

 

私は好奇心旺盛なので、人がやっていない新しい仕事に魅力を感じ、すぐに社内公募を出しました。

 

特殊な部署で、個性の強そうなメンバーが集まっていました。

その部署への異動希望は会社内で私だけということもあり、希望通りに異動することができたのです。

 

 

新設部署での仕事は困難の連続

どの仕事でも言えることだと思いますが、新しい試みというのは困難の連続です。

 

通常、航空券というのは日本の旅行会社であれば日本で発券をします。

 

しかし、当時は海外発のディスカウント航空券の発券の前例がなく、基本的に出発地の国で発券をしていました。

 

今の時代と比べてインフラの整備が整っていなかったので、現地の手配先とのやりとりはメールです。

 

メールの返信内容がこちらの意図と違っていれば再度メールします。

時差があるので、返答は翌日以降になります。

 

通常の航空券であれば、料金や空席状況をリアルタイムで確認できますが、現地海外で手配する海外発のディスカウント航空券は時間がかかります。

 

緊急時は電話しますが、問い合わせ件数が多さと、対応する人員の数からして全て電話対応することはできません。

 

国によっては働き方の違いもあり、営業時間外は一切対応してくれなかったりしますので、こちらが現地時間に合わせて深夜や早朝対応することも。

 

また、航空券も今のように電子航空券ではなくペーパーチケットの時代。

現地で発券した航空券を搭乗者に渡すのも四苦八苦でした。

 

日本に郵送してもらう途中に紛失したこともありました。

金券なので、大騒ぎです。

 

部署設立当初は試行錯誤を繰り返しながらなの業務でした。

 

ミスによって損害を出した場合に会社へ提出する始末書兼反省文は毎月書いていたと思います。

 

 

新設部署での集客経験がビジネスマインドの原点に

新しい事業ではどうやって集客をしていくか考えます。

 

会社が大きかったので、まずは社内告知だけで、会社内で認知させていくことから始めました。

広告予算もなかったので外部広告にお金をかけられません。

 

全国に多くの支店があったおかげで、社内間の口コミや紹介などで徐々に認知されていき、お客様からの問い合わせも増え始めました。

 

問い合わせ数は日に日に増し、予想していた以上のお問い合わせ数で、電話の鳴りやまない日が続くようになりました。

 

手配内容は他の旅行会社でやらない海外発航空券の手配ということもあり、需要に対して供給側のスタッフが追いついていない状況でした。

 

ここぞとばかりに利幅を大きく上げて航空券の値段を上げても問い合わせは増え続けます。

部署の数字は毎月増収増益です。

 

「面倒で誰もやらないところにビジネスチャンスがある」

 

この頃の経験で得た視点が今の私のビジネスマインドの原点です。

 

 

営業所長に就任

新設部署に配属されて数年が経ちました。

 

当時の上司であった営業所長が海外支店へ異動することになり、その後の所長を私が務めることになったのです。

 

20代後半だった私ですが、出世願望が強かったわけでもなく、特に所長になることを希望していたわけでもありませんでした。

 

それまでの実績と業務の姿勢が評価されての任命だったので、素直に嬉しく、モチベーションは上がりました。

 

 

数字のマネージメントと人のマネージメント

営業所長として営業所の数字を残すことが会社から私に与えられた使命。

 

お問い合わせを増やすことや業務の効率化、利益アップなど、あらゆることを考えるようになりました。

 

世の中の需要に対して供給がまだまだ追い付いていない状況だったので、数字は右肩上がりの伸び続けました。

それに伴い、人員も増やしていきました。

 

部署の人員が10名を超えてきた頃、人のマネージメントに苦労することになるのです。

 

 

マネージメント力不足

私は自分がやってきたことを教えれば自分と同じような結果を残してくれると思っていました。

 

しかし、全員が理想通りに動いてくれるわけではありません。

 

思うような結果にならず、無理な指導もあったせいで、部下との関係も悪化してきてしまいました。

 

自分のやり方を押し付けているだけで、マネージメントとしては失格。

組織のマネージメントの難しさを痛感するのです。

 

 

結果が評価されてやりたいことが自由に

部署の数字は伸び続けてましたが、いつかはこの勢いが止まるだろうと思っていたので、新たな企画に挑戦すること考えていました。

 

新しいことに挑戦したいと会社に直訴するには数字の良い時がチャンスだと思っていました。

上司も人間ですので感情で動く部分もあるはず。

了承してくれそうなタイミングを虎視眈々と狙っていたわけです。

 

 

ファッションが好きだった私は休暇を利用して海外旅行に出かけていました。

 

そこで海外の服や雑貨の買い付けをして日本で販売をしていたのです。

 

当時は副業という言葉も世の中に浸透していなかったので、小遣い稼ぎの感覚でした。

 

これがメチャクチャ楽しかったので、ツアーにしたら売れるのではと思っていました。

 

通常、新規ツアーの立案は企画の部署が担当するのですが、誰もこんなツアーが売れるとは思っていなかったので、私1人でやることになりました。

 

当時の私の上司も新しい挑戦に応援してくれていたので自由にやらせてもらうことができました。

 

ツアーのプランニング、現地の受け入れの交渉と手配、フライヤー作成、広告、値付け、全て1人でやりました。

 

通常業務もやりつつの進行でしたので、休みの日や深夜まで残業しながら準備を進めました。

激務でしたが、好きなことになると不思議なもので、苦痛に感じることなく、時間を忘れ夢中になれたのです。

 

ツアー参加者数はそこそこでしたが、利益率の高いツアーでしたので結果的には大成功でした。

 

好きなことや得意なことを仕事にすると人は夢中で没頭できるのです。

結果的に差別化を生み出し、大きな成果を挙げることになりました。

 

この経験から、好きなことや得意なことを仕事にすると最大限の効果を発揮できるのだと、自分の可能性を知ったのです。

 

 

ボーナス査定に疑問(会社へ2度目の訴え)

会社では年2回のボーナスがあるのですが、ボーナスの査定に所長も関与します。

部下の生活にも関わる大事な仕事です。

 

当時、私の部署では残業時間に応じた給与査定となっていました。

遅くまで仕事していた人ほど良い成果であるとの考えから生まれた給与制度だったのです。

 

しかし、実際はそうではありませんでした。

 

仕事の進め方が非効率で遅くまで残業している社員もいれば、仕事スピードが早く残業が少なく成績も常に上位の社員もいました。

すると、成績が良く残業が少ない社員より、成績が悪く残業の多い社員のほうが給与が良いという状況になっていたのです。

 

残業時間 成績 給与
Aさん 少ない 少ない
Bさん 多い 多い

 

成績も良く残業も少ない社員は個人で工夫して仕事をしていたので、なんとかボーナスに反映させてやりたいと思っていました。

 

毎月の給与の少なさをボーナス査定で帳尻を合わせたのです。

 

査定の結果、ボーナスの支給額が個人差で大きな開きが出ました。

私の狙い通りだったのです。

 

しかし、私の上司である部長が「もう少しボーナスの差を平らにするように」と言ってきたのです。

 

所長として部下の成績と姿勢を一番見てきたつもりです。

それなのに根拠もなくボーナスの支給額を平らにするように言われ、思わず頭にきて、舌打ちをしてしまったのです。

 

これが部長の怒りを買い、本社に呼び出されてしまいました。

 

結局、部長パワーにより、ボーナスは大きな差もなく平らにされてしまったのです。

成績下位の社員が、成績上位の社員の年収を上回る現象が起きてしまいました。

 

これが会社というものなのか?

 

優秀な社員が損をする会社の仕組みに疑問を持ち始めた出来事でした。

 

 

時代の流れにより部署の成績が下降

 

海外出発の航空券も時代の流れにより、他の旅行会社や航空会社でも取り扱いが始まりました。

 

私の所属していた部署での独占状態時代に終焉を迎えることになったのです。

 

毎月右肩上がりで伸び続けていた数字が右肩下がりで下降し始めました。

なんとか数字を戻そうと、思いつくことは全てやったのですが、力及ばず、数字は落ちていくばかり。

 

所長もそろそろ交代すべきかなと考え始めていた矢先、部署異動の命令が下りました。

 

 

旅行会社勤務 ベテラン時代(入社11年目~13年目)

異動先の部署は会社の社員旅行や報奨旅行を扱う部署でした。

 

同じ旅行手配の仕事でも規模や営業方法が大きく変わります。

・個人旅行(1~10名) ⇒ 団体旅行(100名~1000名) 

・店舗営業 ⇒ 外営業

 

 

個人旅行から団体旅行

 

異動して間もない頃は個人旅行の手配と団体旅行の手配の違いに戸惑いました。

 

団体旅行と言っても、10名規模の団体もあれば、100名規模、1000名規模もあり、人数規模の違いにより、気を使わなくてはならないポイントもそれぞれ異なるのです。

 

例えば、バスの手配でも10名規模であれば中型バス1台ですが、100名規模となると大型バス3台は必要になります。

1000名規模であれば日にちをずらしたり、グループを分けるなど、幹事の方に相談することも必要になります。

 

旅行内容も社員旅行なのか、報奨旅行なのか、旅行目的によって手配に求められるポイントも変わります。

 

個人旅行中心に手配していた私には、そこまで気がまわらず、2年目の後輩社員に教えてもらいながら覚える日々。

 

細かな点まで気が利くかどうか、ホスピタリティにまで配慮した提案や手配が求められたのです。

 

 

外営業では新規案件の獲得ができず未熟だったことを痛感

店舗営業では来店や電話によるお問い合わせでしたが、外営業では自らが訪問して案件を獲得しなければなりません。

 

旅行に興味があってお問い合わせしてくる店舗と違い、興味のあるお客様を見つけなければなりません。

 

会社に訪問しても必要とされなかったり、興味を持って頂かなければ、門前払いです。

 

興味を持って話を聞いて頂いても他社との相見積もりとなり激しい競争が待っています。

大きな案件となれば旅行会社10社以上で争うこともあります。

 

そんな激戦の中から選ばれるには提案内容はもちろんのこと、その提案が魅力的に伝わるようなプレゼン力も求められます。

 

会社の信頼性だけでなく、営業担当個人の信頼性も大事な要素です。

 

外営業を始めてから数ヶ月は1件も新規案件の獲得ができず、全てが未熟だったことを痛感させられました。

 

 

営業について興味を持つ

店舗営業では慣れない人でも数日経てば成果が出始めるのですが、外営業では数日どころか数ヶ月成果が出ませんでした。

 

完全に自信を失いました。

 

そんな状況にもかかわらず、営業の奥の深さに魅了され、営業職により興味を持つようになりました。

 

自分に足りないことを見つめ直し、外営業に必要なことを先輩、後輩問わず、盗めることは盗んで学んでいきました。

すると、少しずつですが成果が出るようになってきたのです。

 

 

添乗業務を経験

 

とある会社の報奨旅行にサブの添乗員として参加することになりました。

 

旅行先はハワイ。

 

初めての添乗は約300名の団体旅行。

 

旅行の受注が決まったのは1年以上前。

 

受注が決まってからクライアントとの打ち合わせを重ねて準備していきます。

 

私はその案件に加わったのは出発の2ヵ月前。

案件の把握をするために全ての打ち合わせに同行しました。

 

 

トラブル続きの添乗業務

出発当日を迎えました。

 

現地到着後もやらなければならない仕事は絶えません。

 

お客様のホテルのチェックインの準備。

300名規模になると一度にチェックインできないので、お客様をなるべくお待たせさせないように時間をずらしながらチェックインしていきます。

 

出発前の綿密な準備をしていても300名ほどの規模になると何かしらのトラブルが起こります。

 

とあるMLMの会社の報奨旅行でしたので、その会社で優秀な成績を収めたトップ3には特別なVIP手配をしていました。

※MLMとはマルチレベルマーケティングの略で、ネットワークビジネスを指します。

 

トップ3のお客様をビジネスクラスで手配をしていたのですが、搭乗されたビジネスクラスに満足されていなかったようで、到着後不満の声を漏らしていました。

 

幹事のお客様との打ち合わせ通りの飛行機を準備していたので手配ミスではありません。

 

手配していた航空会社は日系の飛行機でしたが、シートのグレードに問題がありました。

当時のハワイホノルル線のビジネスクラスは日系の飛行機と米国の飛行機に大きな差があったのです。

 

米国のビジネスクラスはフルフラットシート(180度水平)に対して、日系のビジネスクラスはライフラットシート(180度未満)。

 

長時間の搭乗で水平(180度)か、そうでないかで疲労度や快適性が大きく変わります。

 

アニメティにも差がありました。

米国系は「TUMI」のアニメティに対して、手配した飛行機のアニメティはノンブランド。

 

エコノミークラスではそれほど差がなくてもビジネスクラスになると航空会社によって大きく違いがあるのです。

 

手配ミスはなくても気遣いやホスピタリティが不足していたのです。

 

毎年実施してる会社の旅行をリピートしてもらうことは旅行会社として重要ですが、こういった配慮や気遣いが不足していると、次回も利用して頂けなくなります。

 

もう失敗が許されない状況で、宿泊予定のスイートルームのお部屋を営業担当自らチェックします。

 

ここでも準備不足が発覚。

 

通常用意されているはずのウェルカムドリンクやフルーツがなかったのです。

お客様がお部屋に入る前に慌てて買出しに行きました。

 

ホテル側の準備不足が原因でしたが、お客様からすれば旅行会社の準備不足と捉えられてしまいます。

 

添乗中は誰が悪いとかはどうでもよく、お客様に満足してもらうことが全てで、今起きている問題解決が先決です。

初日はなんとか乗り切りましたが、2日目以降もお客様のオプショナルツアーの手配や準備があります。

 

夜は少しだけ自由な時間がとれるので、ハワイの涼しい夜風に癒されながら束の間の休息とることができました。

 

そんなこんなでハワイののんびりとした雰囲気とは真逆の慌ただしい添乗業務となりました。

 

団体旅行の手配と添乗業務を通じてサービス業の大事な要素を学びました。

 

添乗業務に大事な要素

・気遣い

・事前準備

・ホスピタリティ

以前より少しは気が利く人間になれたのかなと思っています。

 

 

地方の支店へ異動

大型の団旅行の部署に異動してきて1年。

営業、手配、添乗と、それぞれの業務にも慣れてきた頃、地方支店へ異動の打診がありました。

 

異動先でも団体旅行の営業、手配、添乗が主な業務。

今までやってきた大型の団体旅行とは違い、中小企業で10~30名規模の団体旅行が中心となります。

 

私が移動した地方では新規の旅行会社の受け入れに抵抗感があるようで少し閉鎖的に感じました。

地方ならではの人の気質が営業にも少なからず影響するように感じます。

 

旅行代金がどんなに安くても、昔からの付き合いのある小さな旅行会社を利用する傾向にあったので、新規案件の獲得には苦労しました。

都内で営業していた時以上に何度も足を運び、時間をかけて信頼を築いていかなければなりませんでした。

 

 

手配についても、部署の人数も少なかったので、都内では分担していた仕事も1人でしなければなりません。

出発日が重なるピーク時期には、どうしても残業が増え、休日出社も増えてきます。

 

旅行会社によっては、営業、手配、添乗、それぞれを分業制にしているところもあります。

効率よくできる反面、全ての業務に一貫して携わる人間がいなくなるので、少なからず温度差が生まれ、お客様の満足度に影響することもあります。

 

●旅行手配の流れ

①手配依頼

お客様 ⇒ 営業担当 ⇒ 日本側の手配担当 ⇒ 現地の手配担当

 

②手配依頼した回答

現地の手配担当 ⇒ 日本側の手配担当 ⇒ 営業担当 ⇒ お客様

 

どちらのやり方にもメリットとデメリットがあり、課題でもあります。

 

 

営業先の会社と運命の出会い

地方での仕事も1年が経ったある日、とある企業から社員旅行のお問い合わせが入りました。

 

その案件を私が受けることになったのですが、その後自分の運命を変える出会いとなることは知る由もありませんでした。

 

お問い合わせのあった会社へプレゼンのために訪問ました。

プレゼンする相手は社長と営業所長。

 

私が提案したプレゼンが面白かったようで、いい感触を掴んだ状態で次回もお会いする約束をしました。

 

その後、何度かお会いしていくうちに、旅行の話だけでなく、お互いの営業の仕事についても情報交換するようになりました。

営業について色々と話を聞いていると、同じ営業職とは思えないほど、営業の考え方やノウハウのレベルが高く、扱う商材が違えど、私が勤めている会社との次元の違いに驚かされました。

 

 

入社14年目で退職を決意

営業先の会社と話をしているうちに、

 

「自分は今後どうなりたいのか?」

 

将来のことから逃げてきた自分や以前まで持っていた夢にいつのまにか蓋をしてきた自分に気が付きました。

 

今の会社では、ある程度収入が固定化され、将来の収入も予測できました。

そんな環境のなかで、自然と夢を諦めていき、淡々と過ごす日々。

自分の人生観も徐々に小さくなっていたのです。

 

諦めてしまっていた夢をもう一度・・・。

 

営業先の会社の社長のお話を聞いているうちに、仕事への考え方、営業のノウハウ、これらを自分のものにしていきたいと強く思うようになり、入社14年目で退職することを決断したのです。

 

転職を決断し、仕事仲間や周囲から様々な反応がありました。

転職の心境や周囲の反応などこちらの記事で詳しく紹介していますので、興味ある方はご覧ください。

 

 

旅行会社を退職してから現在

 

旅行会社に就職してから退職までの13年間の経験をざっくりと書いてまいりました。

ここまでお付き合い頂きまして有難うございます。

 

ここで紹介した業務は旅行業務のなかほんの一部です。

旅行会社の仕事は幅広く、様々なスキルやノウハウを身に付けられる分野だと思っています。

 

私は旅行会社を退職してから、転職を経て、現在はフリーランスとして活動しています。

 

旅行の仕事は好きなので現在も旅行関連の仕事を続けています。

 

今後も旅行業界の仕事や働き方について感じたこと紹介していきたいと思います。

 

このブログが旅行業界に興味ある方、旅行業界で悩んでいる方のお役に立てれば幸いです。

 

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