私が大学を卒業して就職した会社は大手の旅行会社でした。

その後、転職して現在はフリーランスとして活動しています。

13年間1つの会社で働いてきましたが、携わった業務も様々です。

 

筆者Takeが携わった旅行業務
・店頭でパッケージツアーや航空券の販売と手配
・出張手配の管理 ・旅行の企画
・旅行サイトの運営管理
・広告による集客
・社員旅行の営業と手配
・添乗

 

そんな私が旅行会社に就職してから退職までの13年間の経験で感じたことを書きました。

旅行会社は今も昔も人気の職業です。

これから旅行業界で働いてみたいけど、働いたことがないから実態はどうなっているのか気になるという方の参考になればと思います。

 

旅行会社を選んだ理由

私が旅行会社に就職した理由は旅行が好きだったから。

ありがちな理由なのですが、2000年代始めの頃は今に比べインターネットの情報もそこまで普及していなかったので、その他の業界についてはさっぱり分かりませんでした。

とりあえず好きなことや得意なことを活かせる仕事で探し、好きだった旅行とファッションに関する業界に絞って就職活動をしていました。

落ちまくっていたなかで内定をもらった会社は1社だけ。

その会社が13年間働くことになる旅行会社でした。

 

旅行会社勤務 新人時代(入社後~3年目)

入社後の勤務地や配属先は会社で決められるのですが、都内の大型店舗が配属先となりました。

店頭で海外旅行のパッケージツアーの販売と手配が主な業務です。

当時はインターネットによる手配がまだできない時代でしたので、来店または電話によるお問い合わせのみでした。

入社してからの数ヶ月は全体研修と合わせて、一人の新人にベテランの先輩社員がマンツーマンで付くOJTの教育が中心でした。

※OJT(On-The-Job Training)とは実務をしながら行う従業員の職業教育。

この時期は、とにかく仕事を早く覚えて、先輩の頼らず一人で仕事ができるようになりたい思いで必死になっていました。

 

1日の勤務スケジュール

当時の1日のスケジュールは以下となります。

08:45 出社(朝の宣伝活動のない日は09:20)
09:00~09:30 朝の宣伝活動(週1~2回)
09:30~09:45 営業の準備
09:45~10:00 朝礼
10:00~19:00 店舗の営業時間
19:00~ 営業報告
残業(その日の業務処理と翌日の準備)※研修の日もある
21:00~終電ギリギリ 帰社

 

目標達成のために営業時間は1件でも多くの予約を獲得することに専念し、営業時間終了後に残務処理という流れで仕事をしていました。

当時を振り返ると、とてもブラックな働き方でした。

私が働いている時間は10:00~19:00(休憩1時間)の8時間労働ということで処理されていて、残業代が一切出なかったのです。

 

残業代が出ないことを抗議(会社へ1度目の訴え)

これはちょっとおかしいと思い、人事部に抗議してみたのですが、当時の人事部長から言われた衝撃の一言が、

「今はこんなところに時間を使っている場合じゃないだろ!」

「仕事を覚えることが優先じゃないのか!」

「それに証拠はあるのか!?」

残業を申請する書類はあったのですが、残業時間0と書くように指導されていたので、証拠が残っていないのです。

残業時間に行われた業務処理と翌日の準備は「営業時間内にできなかったあたなが悪い」と言われ、研修については「自主的に参加しているんだろ」と言われる始末。

これが会社での働き方、社会の厳しさなんだと怒りを押し殺し、切り替えることにしました。

※現在は改善されています。

 

目標ノルマ

営業の仕事であれば付いてまわる目標ノルマ。

私の勤めていた旅行会社では、予約者数を月ごとに追いかける目標ノルマとなっていました。

目標ノルマを達成しなければ、上司からの厳しいプレッシャーを受けることになりますので必死でした。

会社としては売上が大事になりますが、当時は予約者数の平均単価がある程度毎月同じだったので、社員には予約者数に専念して追いかけるような仕組みでした。

安ければ、下手な営業でも売れるので、いかに効率よく仕事を進められるかと考えることと、業務処理のスピードが目標達成の鍵となります。

今振り返ると、営業スキルというスキルはほとんどなく、効率よく仕事するスピード感は身に付いたのかなと感じます。

この時代はとにかく安いツアーや航空券をセールなどで前面に押し出し、各旅行会社が旅行者のパイを取り合う戦国時代というような感じでした。

 

世界情勢に左右される旅行業界

旅行は世界情勢に左右されます。

海外で戦争や災害が起これば、人々は出国を控えます。

また、人々の生活において必ず必要なものということではないので、経済状況が悪くなると優先順位がどうしても低くなります。

これにより、ボーナスも年によって大きく変わってきます。

毎年、世界が平和であることと景気が良いことを願っていました(笑)。

 

私が最初に経験した大きな打撃は2002年11月。

中国で流行したSARS(重症急性呼吸器症候群)の大流行し、旅行業界に大きな打撃を与えました。

その時、私が担当していたエリアが中国。

就職して1年目だった私は日々の予約の大半が新規のお客様の予約で占めていたのですが、SARSが日本で話題となってからは日々の予約数は0。

そして、予約済みのお客様はほぼキャンセル。

毎月の目標ノルマは月で100前後の予約数でだったのですが全く届かず、予約数が一桁の月もありました。

 

個人リピーターの重要性

しかし、同じ状況のなかでもベテランの先輩を見ると、目標ノルマに近い数字を出しているのです。

ほとんど新規の予約がない状況なのに、どうやって数字を作っているのか聞いてみたところ、リピーターのお客様から出張手配の予約を獲得していたのです。

出張手配は仕事なので、リフレッシュや思い出作りの旅行と違い、このような状況の中でも渡航しなければならなかったりします。

この出来事を通じて、個人の工夫と努力で自分の価値を高め、獲得する個人リピーターの重要性を知ることができたのです。

 

部署移動

中国で流行したSARSの影響により、私の部署の成績は深刻な状況となり、部署の人数を減らすこととなりました。

毎月の目標ノルマには程遠い数字で部署内でもビリだった私は当然のごとく部署異動となりました。

会社でリストラになる時ってこんな感じなんだろうなと思いつつ、グアムを担当する部署へ異動しました。

 

旅行会社勤務 中堅時代(入社4年目~10年目)

新人時代に担当していた中国エリアからグアムエリア、ヨーロッパエリアと部署を転々としました。

 

これまでの担当エリア
1年目~:中国エリアのパッケージツアーと航空券の販売
2年目~:グアム・サイパンエリアのパッケージツアーの販売
3年目~:ヨーロッパ・中近東エリアのパッケージツアーと航空券の販売

 

年次を重ね、少し気持ちにも余裕が生まれ、この業務の醍醐味も味わうことができるようになりました。

 

パッケージツアーと航空券の販売を通じて仕事へのやりがいも感じてきた頃です。

パッケージツアーと航空券の販売を通じて感じた仕事へのやりがい

・お客様の要望に応える提案をして喜んでもらえる
・提案と旅行内容に満足してもらったときにお礼やお手紙をくれることもある
・2度目の手配の時に指名される(自分のリピーターになってくれる)

やはり共通して言えることは、人に喜んでもらうことで満足感を得られるかどうかであり、この業務を続けられるかどうかのポイントなのかなと思います。

ハードな仕事で給与面もそこまでいいわけではないので、人に喜んでもらうことで満足感を得らない人は続けられない業務かと思います。

旅行会社の業務はこれだけではないので、仕事のやりがいが他にある方は別の業務で満足感を得ることはできるはずです。

 

新設部署への異動

パッケージツアーと航空券の販売に少し飽きていた頃、新しい部署が新設されました。

海外の特殊な航空券を扱う部署です。

通常、海外の航空券と言えば、日本から海外までの航空券ですが、ここの部署で取り扱う航空券は海外から出発する航空券なのです。

 

・海外発日本行航空券(海外⇒日本)

日本の企業が現地から招待するために日本側で手配する需要がありました。

 

・海外発海外行航空券(海外⇒海外、または外国の国内間の移動)

マイレージで日本からの往復航空券所持している方が手配する重要がありました。

 

人がやっていない新しいことに興味があったので社内公募を出しました。

特殊な部署が故に、メンバーも全員男性で個性の強そうなメンバーが集まっていたせいか、その部署への異動希望は私だけで希望通り異動することができたのです。

 

新設部署での仕事は困難の連続

どの仕事でも言えることだと思いますが、新しい試みというのは困難の連続です。

海外発のディスカウント航空券は基本的に出発地の国で発券していました。

今の時代と比べてインフラの整備が整っていなかったので、現地の手配先とのやりとりはメールです。

時差があり、こちらの意図と違っていれば再度メールして返答はさらに翌日となるので、時間がかかります。

緊急時は電話しますが、問い合わせ件数が多いので全て電話対応は不可。

国によっては働き方の違いもあり、営業時間外は一切対応してくれなかったりしますので、こちらが現地時間に合わせて深夜や早朝対応することも。

 

また、航空券も今のように電子航空券ではなくペーパーチケットの時代でした。

現地で発券した航空券を搭乗者に渡すのも四苦八苦。

日本に郵送してもらう途中に紛失したこともあったり、試行錯誤を繰り返しながらなの業務でした。

ミスによって損害を出した場合に会社へ提出する始末書兼反省文は毎月書いていたと思います。

 

新設部署でどうやって集客したのか

集客は社内告知だけで、特に外部広告にお金をかけていませんでした。

大きい会社だったので社内の他部署や他支店からの紹介や口コミなどで徐々に問い合わせが増え始め、電話が鳴りやまない日々が続きました。

しかし、他社でもやらないような業務だったので、需要に対して供給が追いついていない状況でした。

利幅を大きく上げても問い合わせは増え続け、部署の数字は増収増益です。

「面倒で誰もやらないところにビジネスチャンスがある」のだと、この頃の経験からビジネスマンとしての視点を少し持ち始めたのです。

 

営業所長に就任

新設部署に配属されて数年が経ち、その時の営業所長が海外支店へ異動することになり、私が所長をすることになったのです。

この時は20代後半だったのですが、出世願望が強かったわけでもなく、特に所長になることを希望していたわけでもなかったのですが、それまでの実績と業務の姿勢が評価されての任命でした。

断る理由もなく、挑戦する気持ちも強かったので、すぐにスイッチが入りました。

 

数字のマネージメントと人のマネージメント

営業所長として一番大事なのは営業所の数字を残すこと。

その為にお問い合わせを増やすことや業務の効率化、利益アップなどなど、あらゆることを考えるようになりました。

世の中の需要にまだまだ追い付いていなかったので数字は右肩上がりの伸び続け、人員も増やしていきました。

部署の人員が10名を超えてきた頃、人のマネージメントに苦労することになるのです。

 

マネージメント力不足

自分がやってきたことを教えれば自分と同じような結果を残してくれると思っていました。

しかし、全員がそうはなりません。

徐々に反発してくる部下もいたりと人のマネージメントの難しさを痛感しました。

今思えば、自分のやり方を押し付けているだけで、マネージメントとしては完全なる勉強不足でした。

 

結果が評価されてやりたいことが自由に

部署の数字は伸び続けてましたが、いつかはこの勢いが止まるだろうと思っていたので、新たな企画に挑戦すること考えていました。

新たな挑戦をするには数字が良い時がチャンスだと思っていました。

ファッションが好きだった私は休暇を利用して副業も兼ねながら海外に服や雑貨の買い付けをしてました。

これがメチャクチャ楽しかったので、ツアーにしたら売れるのではと思っていました。

 

新規ツアーの立案は企画部署が担当するのですが、誰もこんなツアーが売れるとは思っていなかったので、私が1人でやることになりました。

当時の私の上司も新しい挑戦に応援してくれたのです。

ツアーのプランニング、現地の受け入れの交渉と手配、フライヤー作成、広告、値付け、全て一人でやりました。

通常業務もやりつつの進行でしたので、休みの日や深夜まで残業しながら準備を進めました。

しかし、好きなことになると不思議なもので、苦痛に感じることなく、時間を忘れ夢中になれたのです。

 

ツアー参加者数はそこそこでしたが、利益率が高いツアーでしたので結果的には大成功でした。

好きなことや得意なことを仕事にすると差別化が生まれやすく、大きな成果を挙げやすいと感じたのです。

 

ボーナス査定に疑問(会社へ2度目の訴え)

私の会社では年2回のボーナスがあるのですが、ボーナスの査定に所長も関与します。

部下の生活にも関わる大事な仕事です。

 

当時、私の部署では残業時間に応じた給与査定となっていました。

会社は遅くまで仕事していた人ほど成績も良いだろうとの考えだったのです。

しかし実際はそうではありませんでした。

 

仕事の進め方が非効率で遅くまで残業している社員もいれば、仕事スピードが早く成績と残業の少なさが一番の社員もいました。

すると、成績は良いのに残業が少ない社員より、成績が悪くて残業の多い社員のほうが給与が良いという状況になっていたのです。

 

成績も良く残業も少ない社員は個人で工夫して仕事をしていたので、なんとかボーナスに反映させてやりたいと思っていました。

よって、毎月の給与の差をボーナスで帳尻を合わせたのです。

結果としてボーナスの支給額が個別で大きく差が出たため、当時の私の上司である部長から「もう少し平らにするように」と注意されたのです。

所長として部下の成績と姿勢を一番見てきたつもりです。

それなのに根拠もなくボーナスの支給額を平らにするように言われ、思わず舌打ちしてしまったのです。

 

これが部長の怒りを買い、本社に呼び出されてしまいました。

結局、部長パワーにより、ボーナスは大きな差もなく平らにされてしまったのです。

年収にすると、成績の下位の社員が成績上位の社員より上回っている現象が起きてしまいました。

優秀な社員が損をする会社の仕組みに疑問を持ち始めた出来事でした。

 

時代の流れにより部署の成績が下降

私の所属している部署で扱っていた海外出発の航空券も時代の流れにより独占状態だった時代が終焉を迎えました。

航空会社や航空券予約サイト入手できるようになったのです。

 

毎月右肩上がりで伸び続けていた数字が右肩下がりで下降し始めました。

なんとか数字を戻そうと、やるだけのことはやったのですが、時代の流れに逆らえず数字は落ちていくばかり。

 

所長もそろそろ交代すべきかなと考え始めていた矢先、部署異動の命令が下りました。

 

旅行会社勤務 ベテラン時代(入社11年目~13年目)

異動先となる新しい部署は会社の社員旅行や報奨旅行を扱う部署でした。

同じ旅行の仕事でも大きく変わる点が2点あります。

・個人旅行(1~10名)⇒団体旅行(100名~1000名) 

・店舗営業⇒外営業

 

個人旅行から団体旅行

異動して間もない頃は個人旅行の手配と団体旅行の手配の違いに慣れるのに苦労しました。

団体と言っても、10名規模の団体もあれば、100名規模、1000名規模の団体もあり、人数規模の違いにより、気を使わなくてはならないポイントもそれぞれ異なります。

 

例えば、バスの手配でも10名規模であれば中型バス1台、しかし100名規模であれば大型バス3台、1000名規模であれば日にちをずらして何グループに分けるべきかなど相手の幹事の方との相談内容も変わってきます。

旅行内容も社員旅行なのか、報奨旅行なのかの違いでも拘るポイントや求められる提案、手配内容も変わります。

 

個人旅行中心に手配していた私にはそこまで気がまわらず、2年目の後輩社員に教えてもらいながら覚える日々で力不足を痛感しました。

細かな点まで気が利くかどうか、ホスピタリティにまで配慮した提案や手配が求められたのです。

 

外営業では新規案件の獲得ができず未熟だったことを痛感

店舗営業では来店や電話でお問い合わせがありましたが、外営業では自らが出向いて案件を獲得しなければなりません。

 

旅行に興味があってお問い合わせしてくる店舗と違い、興味のあるお客様を見つけるのも一苦労。

興味がなければ門前払いです。

 

興味を持って頂いても他社との相見積もりになるなどの競争が待っています。

大きな案件となれば10社以上の争いとなることも。

 

そんな激戦の中から選ばれるには提案内容はもちろんのこと、その提案が魅力的に伝わるようなプレゼン力が求められます。

 

会社の信頼性だけでなく、営業マン個人の信頼性も大事な要素です。

 

外営業を始めてから数ヶ月は1件も新規案件の獲得ができず、全てが未熟だったことを痛感させられたのです。

 

営業について興味を持つ

店舗営業では慣れない人でも数日経てば成果が出始めるのですが、外営業では数日どころか数ヶ月成果が出ませんでした。

完全に自信を失いましたが、営業の奥深さを知ることで営業に興味を持つことができました。

自分に足りないことを見つめ直し、外営業に必要なことを先輩、後輩問わず、盗めることは盗んで学んでいきました。

すると、少しずつですが成果が出るようになってきたのです。

 

添乗業務を経験

とある会社の報奨旅行にサブの添乗員として参加することになりました。

旅行先はハワイ。

300名ほどの規模となる団体旅行が初めての添乗になるとは・・。

受注が決まったのは1年以上前。

そこからクライアントと打ち合わせを重ねながら1年かけて準備をしていきます。

私はその案件に加わったのは出発の2ヵ月前。

案件の把握をするために打ち合わせにも同行して幹事様とも連携を図ります。

 

トラブル続きの添乗業務

出発当日を迎えますが、現地到着後もやることは絶えません。

お客様のホテルのチェックインの準備。

300名規模になると一度にチェックインはできないので、なるべくお待たせさせないように時間をずらしながらチェックインをしていきます。

 

出発前の綿密な準備をしていても300名ほどの規模になると何かしらのトラブルが起こります。

成績トップのお客様をビジネスクラスで手配をしていたのですが、搭乗されたビジネスクラスに満足されていなかったようでした。

幹事様との打ち合わせで予定通りの飛行機を準備していたので手配ミスではありませんでした。

 

しかし、当時はハワイホノルル線のビジネスクラスは日系の飛行機と米国の飛行機ではグレードに大きな差がりました。

米国のビジネスクラスはフルフラットシート(180度水平)に対して、日系のビジネスクラスはライフラットシート(180度未満)。

長時間の搭乗で水平となる180度か、そうでないかでは疲労度も大きく変わってまいります。

 

アニメティにも差がありました。

米国系は「TUMI」ブランドによるアニメティに対して、日系はノンブランド。

エコノミークラスではそれほど差がなくてもビジネスクラスになると航空会社によって大きく違いがでるのです。

 

手配ミスはなくても気遣いやホスピタリティが不足していたのです。

毎年実施してる会社の旅行をリピートしてもらうことは旅行会社としてとても重要ですが、こういった配慮のなさが次回のリピートから離れていく原因となってしまいます。

 

もう失敗は許されない状況で、宿泊予定のスイートルームのお部屋を営業マン自らチェックしますがここでも準備不足が発覚

ウェルカムドリンクやフルーツの準備がされていなかったので、お客様が部屋入りする前に慌てて買出しに行きました。

 

ホテル側の準備不足が原因でしたが、お客様からすれば旅行会社の準備不足と捉えられてしまいます。

添乗中は誰の責任とかはどうでもよく、お客様に満足してもらうことが全てなのです。

 

その後も、日中はお客様のオプショナルツアーの手配や準備。

夜は少し自由な時間がとれるので、ハワイの涼しい夜風に癒されながら束の間の休息とることができました。

そんなこんなでハワイののんびりとした雰囲気とは真逆で慌ただしい添乗業務となりました。

団体旅行の手配と添乗業務を通して実感した大事な要素は以下となります。

 

添乗業務に大事な要素

・気遣い
・事前準備
・ホスピタリティ

以前より少しは気が利く人間になれたのかなと思っています。

 

地方の支店へ異動

大型団体の旅行の営業、手配、添乗に慣れてきて1年が経過し、地方の支店への異動の声がかかりました。

異動先でも団体旅行の営業、手配、添乗が主な業務。

都内とは違い中小企業の多い地方だったので、10~30名ほどの規模となる団体旅行が中心となります。

 

私が移動した地方は新規の旅行会社の受け入れには抵抗感があるようで少し閉鎖的に感じました。

地方ならではの人の気質が営業にも少なからず影響するように感じます。

料金がどんなに安くても、昔からの付き合いのある小さな旅行会社を利用する傾向にあったので、新規案件の獲得には苦労しました。

都内以上に何度も足を運び、時間をかけて信頼を築いていかなければなりませんでした。

 

手配についても、部署の人数も少なかったので、都内では分担していた仕事も1人でしなければなりません。

月によりますが、出発日が重なる月となると、どうしても残業が増え、休日出社も増えてきます。

 

旅行会社によっては、営業と手配と添乗を分業制にしているところもあります。

効率よくできる反面、全ての業務に一貫して携わる人間がいなくなるので、少なからず温度差が生まれてきてしまいますのでお客様の満足度に影響することも。

お客様⇒営業担当⇒日本側手配担当⇒現地手配担当&添乗員

どちらのやり方にもメリットとデメリットがあり、課題でもあります。

 

営業先の会社と運命の出会い

地方での仕事も1年が経ったある日、とある企業からお問い合わせが入りました。

その案件を私が受けることになったのですが、その後自分の運命を変える出会いとなることは知る由もありませんでした。

 

社員旅行のプレゼンのため、その会社へ訪問し、その会社の社長と営業所長にお話を聞いていただきました。

私が提案したプレゼンが面白かったようで、いい感触を掴んだ状態で次回もお会いする約束ができました。

 

その後、旅行の話だけでなく、同じ営業職についても情報交換で会うようになりました。

何度か会って営業について話を聞いていると、同じ営業職とは思えないほど、営業の考え方やノウハウのレベルが高く、扱う商材が違えど、私が勤めている会社との次元の違いに驚かされたのです。

 

入社14年目で退職を決意

話を聞いているうちに、

「自分は今後どうなりたいのか?」

 

将来のことから逃げてきた自分や以前まで持っていた夢にいつのまにか蓋をしてきた自分に気が付きました。

今の会社である程度収入が固定化され、将来の収入も予測できるようになってきたなかで、自然と諦め、人生観も徐々に小さくなっていたのです。

 

自分がいつの間にか諦めてしまっていた夢をもう一度・・・。

 

その会社の考え方、営業のノウハウ、これらを自分のものにしていきたいと強く思うようになり、入社14年目で退職することを決断したのです。

 

旅行会社の仕事の幅は広い

旅行会社に就職してから退職までの13年間の経験をざっくりと書いてまいりました。

ここで紹介した業務は旅行業務のなかほんの一部です。

旅行会社の仕事は幅広く、様々なスキルやノウハウを身に付けられる分野だと思っています。

 

旅行会社を退職してからは転職を経て現在はフリーランスとして活動しています。

旅行の仕事は好きなので現在も旅行の仕事を続けています。

 

今後も旅行業界の仕事や働き方について感じたこと紹介していきたいと思います。

このブログが旅行業界に興味ある方、旅行業界で悩んでいる方のお役に立てれば幸いです。

 

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